WORK No. 041 童友社 1/72 Tバード ノースアメリカン T-6テキサン
~モーリス搭乗機~
ミッキー
「モーリスよ、いくら使い慣れたあんたの愛機でもよ、近代戦は戦えないんじゃ
ない(笑」
モーリス
「俺のTバードを馬鹿にしやがると許さんぞ!」
シン
「やめろよ! ミッキーもこいつの世話になった事はあるはずだぜ!」
ミッキー
「あ・・・ああ、こいつは良い飛行機さ!
空のイロハは、こいつに教えてもらったようなもんさ。 操縦性は素直の一言。
でもな、ジェットに乗り換えると、こいつのパワーじゃ物足りなくなる・・・母親みた
いなもんだよ、こいつは。
子供に歩き方を最初に教えるのは母親さ・・・そうやって、歩き始めた子供は、
やがて母親から去っていく。
Tバードは、そんな飛行機なんだ、、、空の飛び方や楽しさ、苦しさ、空を飛ぶあり
とあらいうる感動を全部教えてくれるんだ・・・・そんな奴さこいつは」
~エリア88 対地攻撃での戦車撃破率No.1パイロット モーリス~
核ミサイルを使い、エリア51を消滅させた反政府軍は、エリア88の反撃
が来ることを予想し、アフリカ沿岸より飛来するバッタの大群に合わせて、
エリア51を攻撃した。
しかし、大口をあけて飛ぶジェット戦闘機と違い、気化器に砂漠用の防塵
フィルターを装備しているモーリスのTバードは、単独で離陸し、バッタの
大群を焼き払った。
しかし運が悪く、、、燃えたバッタがTバードの燃料タンクに飛び移り、
モーリスは愛機Tバード共に逝ってしまった。
今回はそんなモーリスの愛機を紹介します。
題して「炎の老兵」
いつの時代でも
最新のものが最高だとは限らない・・・
エリア88・・・Tバードに救われた貴重な一日・・・
母は子供達のために、炎で道を開いた・・・
俺たちは外人部隊
紙切れよりも薄い己の命・・・
燃え尽きるのに
わずか数秒・・・
T-6テキサン概要
テキサンの初飛行は1935年4月1日。当初は基本戦闘練習機(Basic Combat)BC-1として採用されたが、この機種はまもなく高等練習機(Advanced Trainer)に統合され、本機もAT-6となった。AT-6は大量のパイロットの育成を必要としていた英連邦諸国からも多数の発注を受け、早期から大規模な量産が行われた。海軍向けのSNJには空母への着艦訓練用に着艦フックを装備したモデルもある。操縦訓練だけでなく、対地攻撃、連絡、偵察、救難などに幅広く用いられ、1942年7月にはメキシコ沿岸でドイツ潜水艦の撃沈も記録している。第二次世界大戦の終結後は、多くの機体がT-6Gとして再生され戦後の標準練習機となったほか、実戦でも活用された。朝鮮戦争では、後席に陸軍の偵察員を乗せて前線の敵後方に回り込み、低空から戦闘爆撃の誘導を行う「モスキート・ミッション」にも従事した。この任務には当初T-6Fが使用されたが、途中からT-6Gを改装したLT-6Gに交替した。フランスに供与されたT-6Gは、翼下にガンポッドやロケット弾を搭載しアルジェリア戦争で対地攻撃に用いられた。敵国であったドイツや日本にも提供され、最終的な使用国は40以上、生産機数は各型合わせて15,495機に及び、一部の国では1990年代に入ってもまだ現役にあった。現在でも飛行可能な機体が多く、海外のエアショーではしばしば飛行する姿を目にすることができる。